小寺クリニック

院長の旅行記

2017.08.11

ブラジル ブラックマリア レポート

ブラジル    ブラックマリア レポート

ブラジル ブラックマリア レポート

小寺隆史

 2004年5月、石島正嗣Dr. 都井正剛Dr.と共にブラジルへ旅行する機会を得た。ブラジルの精神科医療の視察が、その主な目的であったが、副産物的成果として、ブラジルのブラックマリア(ブラックマドンナ)信仰を垣間みることができた。これはその報告である。

ブラックマリアは、サンパウロから北東170km、リオ・デ・ジャネイロとの中間点にあるアパレシーダという町の教会に祀られている。それにまつわる「神話」は次のようなものである。

1717年、当時寒村であったアパレシーダに、その一帯を統治していた執政官が訪れることとなった。それを歓迎するため、村の漁師が川に魚を採りに行った。しかし、全く魚は捕れず、困り果てていたとき、網にかかるものがあった。引き上げてみると、それは首のない聖母像だったという。もう一打、網を打つと、その聖母像にぴったりの首が上がった。それからである。網いっぱいの魚がどんどん穫れたのである。その後、その聖母像は漁師によって祀られたが、それから奇跡が続々と起った。このため、ブラジル中から多くの参拝者が訪れる大聖地に発展したという。

その大祭にあたる10月12日にはブラジルだけではなく、南アメリカ各地から、13万人もの人々が参拝に訪れるという。教会の参道には多くの露天商が店を出し、教会の周辺は車と人で埋まるという。

今回、その教会を訪れた。その日は特に行事のある日ではなかったので、教会は閑散としていたが、駐車場の大きさや、周りの商店の数からして、参拝者の数が想像される。

 

アパレシーダのブラックマリア教会

中に入ってみると、その中心にブラックマリア像が祀られていた。ここではマリアが主人公であることは、明白である。その中心にキリスト像はなく、中心はあくまで、ブラックマリアなのである。

キリスト教の一神教体制は、神、キリスト、精霊を三位一体として成立する。いうならば、マリアはその中には入れてもらえずにいる。ところが、それがブラックマリアとなると、むしろそれが独立して中心にくるのである。ここにブラックマリアの持つ、異教的な性質を窺うことができる。

そもそも、ブラックマリアとは何者なのであろうか?

ブラックマリア信仰は、南仏、スペイン、ポルトガルなど、ヨーロッパの南の地域、ラテン語圏の国々を中心に見ることができる。それらの地域では人々の熱狂的な信仰を集めている。これらの国が植民地進出するのに伴い、ラテンアメリカに流入したものと思われる。

ブラックマリアはなぜ黒いのかという問いに、カソリック側は言葉を濁す。「いや、あれは本当は黒くはないのだ、長年、蝋燭のススにさらされて、黒くなったのだ。」というような説明をする。これは明らかに間違っている。ブラックマリアは最初から黒く作られているのである。

実は、聖母子像はその原型となっているものが異教のなかにあるのである。それは、エジプトのイシスとオシリスの像である。キリスト教はそれに先行する多くの多神教から、さまざまなイメージや象徴性を取り入れている。それらを基盤にして、キリスト教は成立していると言っても過言ではない。我々は、単純にキリスト教の出所として、ユダヤ教を想起するが、実際には多くの多神教をその基盤として吸収しているのである。例えば、キリストの誕生日とされる、12月25日は、実はそれ以前にローマ帝国で広く信仰されていたミトラ神の誕生日であった。ミトラ神とはペルシャ起源の太陽神である。12月25日は、冬至、つまり太陽が死んで、再び誕生する日なのである。アレキサンダー大王が、アフガニスタンに建てた神殿は、ミトラ神の神殿であった可能性が高い。近年のアフガニスタンの遺跡の発掘で、そのことが判明している。

また、キリスト教のシンボルである十字架も、実はエジプトのアンクル(エジプト十字)が起源であると言われている。そして、聖母子像のイメージも、エジプトのイシスとオシリスの像を起源にしている可能性が極めて高いのである。キリスト教はオリエントの多神教を土台として成立したと言っても、過言ではない。

次の写真は大英博物館に保存されている、エジプトのイシス像である。イシスはその息子ホルスを抱いている。このホルスはオシリスの息子であり、同時に、オシリスと同一視される。これが、キリスト教の聖母子像の原型となったと言われている。イシスはマリアに対応し、抱かれているオシリス(ホルス)はキリストに対応する。そして、このイシスーオシリス像はどれも黒色である。すなわち、聖母子像とはその起源から、黒かったのである。それが、ヨーロッパ文明の中で、白色化していったと考えるほうが、順番として素直である。逆に、ブラックマリアとは、従来の黒色を残した、従って、キリスト教から見れば、異教性を強く残した、聖母像と言える。

 

エジプト:ホルスを抱くイシス像

(ヒルデスハイム博物館所蔵)

 

 

そこで、一つの考え方として、ブラックマリアの黒とは、イシス像が古代エジプト人をモデルにしたため、その黒色を引き継いで黒いのだ、と考えることも可能である。しかし、イシスも、ブラックマリアも、同じく黒という色がもっている象徴性を共通してもっていると考える方が、より包括的な理解を可能にするように思われる。というのは、この黒という色の持つ象徴性とは、豊穣の大地の女神が共通してもっている象徴性に他ならないからである。例えば、インドのカーリー女神は、筆者が前回のインドレポートで記述したように、大地の豊穣の女神であった。カーリーとは、まさに黒色という意味である。

イシスもやはり、豊穣の女神である。写真のイシス像の頭上の飾りを見ていただきたい。これは太陽である。イシス像には複数の頭部の飾りがあるが、そのなかでこの太陽のシンボルはかなりの多くの頻度で使われる。この太陽は農業を保証するものとしての太陽であり、いわば、大地の太陽である。その意味で、イシスはラーのような天空神としての太陽神ではなく、あくまで大地の女神なのである。(この事情は日本の天照大神とも類似している。天照大神も天空の太陽神ではなく、農耕の女神であり、大地の太陽神である。) イシスの黒色ないし褐色は大地の色を象徴していると考えられる。

ところで、キリスト教が、一神教としての性格を強めつつ発展すると、もともとその中にあった、豊穣の女神の地位は相対的に低められ、希薄化されて行く。そのことが、マリアの白色化に象徴的に現れている。と同時にキリスト教におけるマリアの地位は、周辺的な位置に追いやられていく。

しかし、そのキリスト教を信仰する民衆の心の中に、やはり豊穣の母神は生き残り、それどころか、強烈な信仰を保持するのである。その典型的な現れが、ブラックマリア信仰である。そこにある異教性、あるいは多神教性を考えると、キリスト教、特にカソリックは一神教の皮を着た多神教であるとさえ思えてくる。

プラックマリアへの信仰は周知のように、南仏、スペイン、ポルトガル等、ラテン語圏で盛んであるが、東欧の国、ポーランドにも強烈なプラックマリア信仰がある。それがソ連共産党支配時代、宗教が禁止されていた間にも、民衆によって、守り続けられた。後にポーランドを自由化した立役者である、ワレサ委員長はその政治組織「連合」の象徴として、プラックマリアの象徴をハンカチーフに使っている。また、その地下活動はブラックマリアの教会を隠れ蓑として行われた。ポーランド、それはまさに大地の国である。プラックマリアは、大地の豊穣の女神としての性質を強く保持している。現在でも、ポーランドの国を守る守護神として、人々の熱狂的な信仰を集めているという。

一方、今回訪れた、プラジルにも強烈なブラックマリア信仰があることが分かる。それは、この国が肥沃な大農業国であることと無関係ではないだろう。次の写真はアパレシーダの聖母教会の中心に祀られた、プラックマリア像である。その衣には驚いたことに、ブラジルの国旗が刺繍されているのである。ポーランドでもそうであったように、ここブラジルでも、それは国の守護神であり、ナショナリズムとも強く結びついているのであろう。

教会の内部、その中央にブラックマリアがある

本尊のブラックマリア

 

さて、このブラックマリアが、人々からどのように信仰されているかであるが、その一つに、マリアの奇跡によって病気が治ると信じられていることがあげられる。

この教会の地下に入ってゆくと、大きな売店があり、驚いたことに、そこには人体のさまざまな部分の模型が販売されているのである。手、足、首、腰、背中、胸、腹部、胃など、いろいろなパーツがそろっているのである。その部分の病気を持つ人が、それを購入してマリアの奇跡を願う。ここでは、医者が匙を投げたものが、次々に治るのだという。教会の地下のホールの天井には治った人たちからのお礼の写真が一面に貼られている。プラジルの超有名人、F1ドライバーの故セナや、サッカー選手のロナウドもここを参拝している。ロナウドは膝の故障の回復をここで祈願したようである。

これら、バラバラの人体の模型をみていると、ふと、イシスがばらばらになったオシリスの体をつなぎ合わせて再生させるという、あのエジプトの神話を連想した。イシスがオシリスを癒し、再生を助けたことと、ブラックマリアの治療力とは、どこかで、通底していると思えてならない。

ところで、オシリスの体で、結局見つからなかった部分はペニスだったが、やはりここでもそれは見つからなかった。

 

願をかけるための人体のパーツ:頭部

同じく足の模型

サッカー選手のロナウドは膝の故障を治してもらったようである

 

ところで、今回ブラジルに行って、気づいたことがある。それは、彼らの親族、血族の結びつきの強さである。今回、石島Dr.の知人を頼って、かの地に行ったのであるが、ことあるごとにその親戚が登場する。例えば、食事をするのも、いろいろの関わりのある人がくっついてきたりする。その人間関係の濃さというのは、まるで、日本の地域社会のそれと似ている。僕は、その背後に、この国の強力な母系性があるのだと思う。この母系性と、プラックマリアとは関わりがあるのだろう。日本でも、キリスト教が入ってきたものの、そこには強力なマリア信仰が生まれた。日本にはプラックマリアは入ってこなかったようだが、キリストよりも、むしろマリアが信仰の対象となった事情は、ブラジルのブラックマリア信仰と、本質的に同じことだと思われる。その社会がもっている母系性と、マリア信仰はやはり密接に関係しているのだろう。逆に、プラックマリア信仰が盛んな地域は、母系性の力が強い地域だと考えてよいのかもしれない。ラテン系の諸国、ポーランド、ブラジル、そして日本。そして、その母系性と農耕とは、これまた密接に関係しているのだろう。

先述したように、日本の天照大神は太陽神であるが、筆者はそれを天空の太陽神ではなく、大地の太陽神と考える。日本神話にはそれに対をなす神として、死と密接に関係した、スサノヲがいる。アマテラスとスサノヲのこのペアは、エジプトのイシスとオシリス、キリスト教における、マリアとキリスト、そして、ヒンドゥー教におけるカーリーとシヴァのペアと本質的に通底している。それぞれのペアの前者は大地の豊穣の女神であり、後者は、死と密接に関係した、あるいは死ぬことによって超越を手に入れたといってよい男性神である。

そして、マリアの大地の女神としての性質は、プラックマリアとして、保存されている。

少々余談になるが、ブラックマリアは、ヨーロッパでは主たる教会のちょっと裏手にある小さな祠に祀られていることが多いという。この、祀られ方は、日本の神社の裏手にお稲荷さんが祀られているのと、少し似ているという。実は、このお稲荷さんというのは、インドのカーリー(写真)と関係している。ヒンドゥー教のカーリー女神は、インドの最後の仏教である、密教に取り入れられ、そこではダキニー(写真)と呼ばれる妖艶な女性の尊格となる。これはチベットの曼荼羅などによく見られる。ダキニーは、ジャッカルをその象徴としていて(原型となったカーリーが殺戮の女神であり、死肉を食う女神であることと関係している)、ダキニーが日本に伝わった際に、日本にはジャッカルがいなかったため、それは狐と混同された。これが、日本の稲荷信仰の原型である。お稲荷さんになにかしら妖艶な雰囲気が漂うのは偶然ではない。

ブラックマリア、イシス、カーリー、そして日本の稲荷。これらは共通の糸で結ばれているように、感じられた。